福岡高等裁判所 昭和59年(う)229号 判決
訴因変更の請求が,訴訟の時間的経過や両当時者の立証経過等に徴して,刑訴法312条4項に公判手続の停止の定めのあることを考慮に入れても,なお,被告人の防禦上の利益を著しく害し,誠実な権利の行使と認められない場合には,裁判所は,例外的措置として,その請求を却下することができると解する余地はあるけれども,原則としては,裁判所は,訴因変更の請求があったときは,公訴事実の同一性を害しない限り,これを許可しなければならないものである(刑訴法312条1項)ところ,記録によると,検察官は,昭和57年1月29日,福岡簡易裁判所に対し,本件公訴を提起すると同時に略式命令の請求をし,同裁判所は,同年2月1日,起訴状記載の公訴事実と同一の事実を認定したうえ,被告人を罰金10万円に処する旨の略式命令を発付したが,これは対して,被告人は,同月15日,正式裁判の請求をしたこと,そのため,同年4月27日,原審において,第1回公判期日が開かれ,被告人及び弁護人は,被告人には過失がない旨陳述したこと,その後,原審において,被告人の過失の存否を中心に,公判審理(証拠調べ)が重ねられたが,検察官は,昭和58年11月15日の第10回公判期日後の同年12月22日,訴因変更の請求をしたところ,その変更請求にかかる訴因は,公訴事実の同一性を害するようなものではなく,それまでに行われた証拠調べの結果を踏まえたうえで,注意義務発生の前提となる事実を,従前の訴因よりも詳細に記載したうえ,注意義務の内容を若干変更したものとなっていること,右訴因変更請求に対して,原審弁護人は,昭和59年1月9日,原裁判所に対し,本件控訴趣意第1の1と同旨の理由が記載されている「訴因変更請求に対する異議申立書」を差し出して,異議を述べたが,原裁判所は,同月31日の第12回公判期日において,右訴因変更を許可したこと,その訴因変更後,右第12回公判期日においては,添田鳴美の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書が,刑訴法321条1項2号により採用され,その取調べがなされただけであること,同年2月28日の原審第13回公判期日においては,被告人及び弁護人が,新訴因に対しても,被告人に過失はない旨陳述し,ついで,検察官が,公訴事実中の,勝田喜美子の傷害に対する加療日数の記載について釈明をした後,検察官及び弁護人がそれぞれ意見陳述をし,被告人が最終陳述をして,弁論が終結されていること,以上の各事実が認められ,これらの各事実によると,右訴因変更請求及びその変更許可決定は,原審における審理の最終段階に至って行われたものであるけれども,これは,公訴事実の同一性を害するものでないことはもとより,それまでの証拠調べの結果を踏まえたもので,かつ,変更の程度も大きくはなく,その訴因変更があったために,被告人側において,新たに格別の防禦活動をすることが必要となったという場合でもなかったといえるから,その訴因の変更は,被告人の防禦上の利益を著しく害するものとはいえないし,また,不誠実な権利の行使ともいえないから,原裁判所が,これを容認して,その訴因変更を許可したのは相当である。従って,原裁判所の右措置に所論の違法はなく,論旨は理由がない。